菅谷宿〜奈良梨宿

14:13、高坂宿から1時間43分で菅谷宿に到達。国道と交差する上唐子北交差点の手前で、「←菅谷館跡」という看板を見た時はホッとした。



国道を渡るとまもなく嵐山町に入り、程なく菅谷宿だ。ここは東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩3分という事もあってか、現代でも賑わっている。
しかし、宿内や駅前にラーメン屋やとんかつ屋はあってもコンビニは無く、これからまだ日差しの下を歩こうという時に味の濃いものは避けたいので、東上線の踏切を渡った先にあったローソン嵐山町むさし台店で昼食休憩を取る。



ローソンを出て200m、斜め右の旧道に折れて志賀の集落に入ると、このように土蔵を備えた民家から集合住宅までが雑多に見られる。こちらは特に「志賀宿」等とは呼ばれていないようだが、塚越・石井と同様、菅谷と交代で宿場を務めたそうな。



志賀集落の北端。モロに「庚申塔」と書かれた庚申塔も珍しい気がするw
ここで県道296号に復帰した後、途中3度ほど側道に逸れながらも、基本的にはこのダラダラと上る道を奈良梨まで辿る事になる。



その途中、県道から少し外れた所にあった庚申塔。ここは上記の3ヶ所の側道には含まれていない。実際にこの道筋を辿ってみても、民家の敷地に分断されて進めない。
川越児玉往還が拓かれる前から、この辺りには鎌倉へ向かう古道があり、所々で往還と交わったりしながら並行していた。ただ、往還は車道として整備されたものの、古道は今では随所で分断・消滅しているらしく、もしかしたら鎌倉古道の一部かもしれない。